猫の肥大型心筋症について

人と同じように、猫も心臓病になることをご存知でしょうか。
猫の心臓病は、症状が出づらく発見が遅れやすい一方で、症状に気付いたときには既に重症化していることもある怖い病気です。
どの年齢でも発症するため、若くて元気に見える猫が心筋症であることも珍しくありません。
今回は、猫に多い心臓病である肥大型心筋症について、実際の症例も紹介しながら解説します。
ぜひ理解を深めていただき、愛猫の異常の早期発見にお役立てください。

猫の肥大型心筋症の特徴

心筋症とは、心臓の心筋に異常が生じて血液を肺や全身に送り出すポンプ機能が損なわれる病気です。
心臓の大部分は心筋という筋組織でできており、心筋が収縮と弛緩を絶え間なく繰り返すことで全身に血液を送るというポンプの役割を果たします。
肥大型心筋症の心臓は、心筋が厚くなって硬く変性し、ポンプとしてのしなやかな動きができなくなります。
心臓のポンプのはたらきが不十分になることで、血液の循環が悪くなり、全身の酸素や栄養の供給が足りなくなって心不全に陥るのです。

肥大型心筋症は猫で最もよく見られるタイプの心筋症です。
どの猫種でもなる可能性がありますが、次の猫種で好発することがわかっています。

  • メインクーン
  • ラグドール
  • アメリカンショートヘア

人の心臓病は、高齢者で多いイメージがありますよね。
それに対し、猫の心筋症における診断時の年齢は6ヶ月齢~20歳と幅広く、若くても心筋症になる猫は多いです。
高齢の猫では、甲状腺機能亢進症や高血圧などが原因となって肥大型心筋症になることがあります。
雌猫より雄猫のほうがなりやすいとも言われています。

肥大型心筋症の症状と合併症

猫の心筋症では、心不全による症状がわかりづらいため、病気の発見が遅くなりがちです。
何となく動きが減って元気がない、食欲が落ちてきた、といった症状がみられたときには既に重度にまで進行していることも少なくありません。

次に挙げるような合併症が生じて、初めて心筋症がわかることも多いです。

動脈血栓塞栓症

心筋症で心臓内の血流が滞ると血栓ができやすくなります。
心臓内でできた血栓が大動脈に流れると、血管が細く枝分かれする部分で詰まってしまいます。
最も多いのは大動脈が両後肢に分岐する部分での閉塞で、「急に後ろ足が動かなくなって、すごく痛がって苦しそう」といった症状が出ます。
血流が妨げられた後肢は徐々に壊死していき、壊死組織で生じた毒性物質が血流に乗り全身に流れて障害を起こし、最悪の場合は多臓器不全に至ります。

心原性肺水腫

循環が悪くなったことで肺の血管で血液が滞り、空気交換を担う肺の組織に血管からの水分が滲み出る病態です。
肺が溺れたようになり、呼吸困難になります。
呼吸が速くなり、開口呼吸や、舌が紫色になるチアノーゼがみられます。

これらの合併症は同時に発生することもよくあり、いずれも急性で致死率が高いため、入院での救急治療が必要となります。
ほかにも、胸水や腹水、不整脈がみられることもあります。
怖いことに、症状が全くなかったのに突然死してしまうこともあります。

肥大型心筋症の診断

肥大型心筋症を明らかにできる検査は心臓のエコー検査(超音波検査)だけです。
エコー検査で心臓の断面を見て心臓壁の厚さを測り、基準よりも厚いことが診断の決め手となります。
心臓の構造や動き、心臓の負担がどの程度か、血栓の予兆がないかなども確認します。

合併症や他の病気がないかなど全身状態を確認するために、血液検査やレントゲン検査も合わせて行います。
最近は心臓のバイオマーカーも使用されるようになり、心筋症の診断はできませんが、血液検査から心臓病を疑うこともできるようになってきました。

肥大型心筋症の治療と予防

肥大型心筋症は治せる病気ではないため、できるだけ病気の進行や合併症の発生を防ぐために内科治療を行います。
治療の主体は、強心薬や利尿剤、心拍数を抑える薬など血液循環を保つための薬と、血栓を予防する薬です。
肺水腫や胸水貯留が問題となるときには、腎臓への負担に注意しながら利尿剤を使います。
治療の結果は様々で、治療を始めて上手く状態を保てることもあれば、急に病気が進行してしまうこともあります。

病気の発生自体を予防する方法は、残念ながらありません。
重篤な合併症が起きる前に病気を見つけることが大切で、唯一の方法は健康診断で心臓のエコー検査を受けることです。
ただし、心筋が厚くみられたらただちに治療が始まるわけではなく、他の検査所見や全身状態もみて、治療が必要かを判断します。

肥大型心筋症の実際の症例

今回ご紹介する症例は、肥大型心筋症と診断された2歳の猫ちゃんです。
心臓のエコー検査では、心筋がかなり厚くなり、心臓の内腔が狭くなってしまっています。

心臓の動きが悪くなったことで、左心房と呼ばれる部屋に血液が逆流しています。

肥大型心筋症では、動きが悪くなった心臓のはたらきを強くするために心拍が速くなりますが、速すぎると更に動きが悪くなってポンプのはたらきが落ちてしまいます。
正常な猫の心臓の動画と比べると違いがよくわかりますね。

こちらの猫ちゃんでも頻脈傾向がみられたため、心拍数を抑える薬を開始しました。
強心薬と抗血栓薬も合わせて飲んでいます。

まとめ

肥大型心筋症は猫ではよくみられる心臓病ですが、合併症が起きてしまうと命に関わります。
重篤な合併症が起きる前に、心臓のエコー検査で病気を見つけてあげましょう。
当院でも健康診断を受けられますので、お気軽にご相談ください。

執筆担当:院長 渦巻浩輔

この記事を書いた人

渦巻浩輔

2013年大学卒業後、埼玉県坂戸市のブン動物病院で4年間の勤務医を務め、犬や猫、エキゾチックアニマルの診療に携わる。2016年からは東京都の小滝橋動物病院グループに勤務し、CTやMRI、心臓外科、脳神経外科を始めとした高度医療施設に身を置き、2019年からは同動物病院グループの市ヶ谷動物医療センターにてセンター長を務める。高度医療に携わりながら地域の中核病院として診療を行なった。2022年11月、東京都板橋区赤塚に成増どうぶつ病院を開院する。日本獣医循環器学会・日本獣医麻酔外科学会・獣医アトピー・アレルギー・免疫学会・日本獣医エキゾチック動物学会所属。特に循環器・呼吸器の診療を専門とし、心臓病についてのセミナー講師も行っている。