犬の前十字靭帯断裂について

前十字靭帯断裂は中高齢の犬に多い運動器疾患です。放置すると二次的に関節炎を発症することがあり、その痛みによって生活の質が低下してしまいます。
犬の前十字靭帯断裂は早期治療が有効であり、近年ではTPLOという手術方法が一般的になってきています。
この記事では犬の前十字靭帯断裂について解説し、当院で前十字靭帯断裂と診断しTPLO法を行った症例を紹介します。

前十字靭帯とは

前十字靭帯は膝のなかにある靭帯で、後十字靭帯とともに膝関節の安定性を維持しています。前十字靭帯は、大腿骨(太ももの骨)に対して脛骨(脛の骨)が前方へずれるのを制御しています。
前十字靭帯は、後十字靭帯とクロスすることで膝関節が伸びすぎたり、内側に向きすぎないようにする役割もあります。

犬の前十字靭帯断裂

犬の前十字靭帯断裂は、膝関節の安定性を維持する重要な靭帯である前十字靭帯が切れてしまう病気です。
人間は外傷が原因のことが多く、スポーツ選手などに多いです。
犬の前十字靭帯断裂は外傷が原因のこともありますが、靭帯の加齢性変化(変性)が背景にあり、日常生活の一環で靭帯の断裂が生じます。遺伝的な要因もあり、特定の犬種に起こりやすいと言われています。
また、大腿骨と脛骨の骨の間には半月板というクッションがあり、前十字靭帯の断裂によって膝の不安定が続くと、半月板が大腿骨と脛骨に挟まれて損傷しやすくなります。

前十字靭帯断裂の症状

犬の前十字靭帯断裂の主な症状は以下の通りです。

  • 突然後ろ足を上げたり、引きずるようになる
  • 後ろ足の膝のあたりが腫れている
  • 触られると嫌がることがある
  • 後ろ足を投げ出すように座る

前十字靭帯断裂の症状は、断裂の程度や関節炎・半月板損傷の合併の有無によって異なります。部分断裂では軽度〜中程度の症状のことが多いですが、完全断裂や二次的な関節炎・半月板損傷が進行すると、症状はさらに重くなる傾向にあります。

前十字靭帯断裂を起こしやすい犬種

前十字靭帯断裂は以下のような犬種で発症リスクが高くなります。

犬種

  • 大型犬
    • ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバー、バーニーズ・マウンテン・ドッグなど
  • 中型犬
    • 柴犬、ウェルシュ・コーギー、コッカー・スパニエルなど
  • 小型犬
    • トイ・プードル、チワワ、ポメラニアンなど
  • 中高齢の犬(4歳以上)
  • 避妊・去勢済みの犬
  • 肥満の犬
  • 膝蓋骨内方脱臼の治療が行われていない犬
  • 内分泌疾患を持っている犬

これらの要因が重なると、前十字靭帯断裂のリスクがさらに高まる可能性がありますね。

犬の前十字靭帯断裂の診断

犬の前十字靭帯断裂の診断は、複数の検査方法を組み合わせて行います。おもな診断方法は以下の通りです。

  • 触診による関節の不安定性テスト(整形学的検査)
    • 前方引き出しテスト(ドローワーサイン)
    • 脛骨圧迫試験
  • レントゲン検査
  • 運動器超音波検査
  • 関節鏡検査

これらの検査を総合的に評価することで、前十字靭帯断裂の診断を行います。早期診断と適切な治療が、犬の回復と長期的な関節の健康に重要です。

犬の前十字靭帯断裂の治療

犬の前十字靭帯断裂の治療法は大きく分けて、保存療法と外科療法の2種類があります。

保存療法

保存療法は手術を行わずに症状の改善を目指す治療法です。軽度から中程度の断裂や、手術リスクの高い高齢犬などに適用されます。保存療法には以下のようなものがあります。

  • 運動制限
  • 包帯や専用の外固定
  • 鎮痛剤や抗炎症薬の投与
  • 体重管理
  • リハビリテーション

保存療法で一時的に症状が緩和することがありますが、根本的な解決にはならず、現状維持を目指す治療法であることに注意が必要です。
メリットは安価であることと、麻酔の必要がないことです。
デメリットは3~6ヶ月の安静が必要なこと、サポーターや包帯による固定が、皮膚に障害を出す可能性があること、骨関節炎は確実に進行していくことです。

外科療法

犬の前十字靭帯断裂に対する外科療法は、関節の安定性を回復し、痛みを軽減することを目的としています。
主な手術方法には、

  • 関節嚢外固定法(ラテラルスチャー法)
    関節包という関節の袋を外側から縫合糸で縛って膝を安定化させる方法です。
    縫合糸が前十字靭帯の役割を担います。
    メリットは下記のTPLO法より安価であることです。
    デメリットは手術後にも長期間の安静が必要なことと、骨関節炎の進行が多少は進行していくことです。
  • 脛骨高平部水平化骨切り術(TPLO)
    中・大型犬に推奨されますが、最近では小型犬でも実施されます。骨切りを行い、脛骨の角度を調整して膝にかかる負担を和らげます。
    メリットは手術後の機能回復が早期に見られ、骨関節炎の進行も軽度であることです。
    現在では最も有効な治療法と言われています。
    デメリットは比較的手術費用が高額なことです。

手術後は適切なリハビリテーションが重要で、段階的な運動制限と理学療法を行います。外科療法は95%以上の症例で良好な結果が得られています。犬の状態や体格に応じて最適な手術方法を選択することが重要です。

実際の症例

ここでは実際に前十字靭帯断裂と診断し、治療を行った犬の症例を紹介します。
5歳のチワワが後ろ足を挙げているという主訴で来院されました。

触診で膝の不安定性が観察され、レントゲン検査では大腿骨に比べ、脛骨が前方にずれていることが分かります。

この症例ではTPLOの手術を実施しました。
TPLOの手術では脛骨の骨切りを行い、膝関節が安定する角度に調節し、専用のプレートで骨を固定します。

こちらが術後のレントゲン画像です。

この症例では手術後の経過も良好でした。

まとめ

犬の前十字靱帯断裂は放置すると関節炎などを引き起こし、犬の生活の質が低下します。
前十字靭帯断裂の治療には外科手術が有効ですが、TPLOなどの前十字靱帯の手術には専用の器具が必要で実施できる施設は限られています。
当院では前十字靭帯断裂などの専門的な整形外科疾患の治療に対しても、整形外科専門の先生を招致し、積極的に取り組んでいます。
飼い犬に気になる症状があれば気軽にご相談ください。

執筆担当:院長 渦巻浩輔

この記事を書いた人

渦巻浩輔

2013年大学卒業後、埼玉県坂戸市のブン動物病院で4年間の勤務医を務め、犬や猫、エキゾチックアニマルの診療に携わる。2016年からは東京都の小滝橋動物病院グループに勤務し、CTやMRI、心臓外科、脳神経外科を始めとした高度医療施設に身を置き、2019年からは同動物病院グループの市ヶ谷動物医療センターにてセンター長を務める。高度医療に携わりながら地域の中核病院として診療を行なった。2022年11月、東京都板橋区赤塚に成増どうぶつ病院を開院する。日本獣医循環器学会・日本獣医麻酔外科学会・獣医アトピー・アレルギー・免疫学会・日本獣医エキゾチック動物学会所属。特に循環器・呼吸器の診療を専門とし、心臓病についてのセミナー講師も行っている。