犬の帝王切開について

犬は安産の象徴と言われていますが、犬でも約5%は難産という報告があり、麻酔をかけて手術で胎子を取り出す帝王切開を選択せざるを得ない時があります。
今日はどういった時に帝王切開をするのか、実際の症例を交えながら解説していきます。

正常な出産の流れ

犬の妊娠期間は63日±7日と言われており、出産前6〜18時間前に体温が2,3度下がると言われているため、分娩がいつ起こってもおかしくない交配55日を過ぎた頃には、毎日3回以上の体温測定を実施します。注意すべきは、全頭で体温の低下が認められるというわけではないということで、ある報告では100頭中19頭は分娩前、体温が下がらなかったとのことでした。

さていよいよ出産です!となった時には分娩のステージは第1期、第2期、第3期とステージ分けされます。

  1. 第1期は開口期とも言われ、胎子が通れる大きさまで子宮の出口が広がります。
    犬は落ち着きがなくなり、巣作り行動や食欲の低下、おしっこを頻繁にするなどの行動が顕著にみられます。この時体温は最も低下し、その後6〜12時間で第2期に移ります。
  2. 第2期は胎子が移動し娩出される時期で、出産期とも言われます。
    この時期にお腹が張り、子宮が収縮し、陣痛が起こります。
    破水が起こると胎児は羊膜という膜に包まれて娩出されるか、羊膜から出た状態で娩出されます。
  3. 第3期は分娩から胎盤が出てくる間を指し、後産期とも言われます。
    胎盤が出てくるまでは分娩から15分ほどかかることもあり、複数の胎子がいる場合は胎盤を出した後にまた第2期に戻ります。

帝王切開は予測できる?

ただでさえ緊張するペットの出産です。
心づもりをしておけるのならばしておきたいと思う方も多いはず。
「うちの子の出産は帝王切開になりそうだな…」と、予測できるものなのでしょうか?

答えはある程度予測できる、です。
まず母体側と胎子側の問題を分けて考えてみましょう。
母体側で難産や帝王切開が予想される条件は

  • パグ、ボストンテリア、チワワ、プードルなどの犬種である
  • 骨盤が狭い
  • 高齢
  • 初産、過去に難産の経験がある、過去に帝王切開をしている

胎子側の問題は

  • 胎子が一頭のみ
  • 短頭種である
  • 父犬が大きい
  • 同腹子に死亡胎子がいる可能性がある
  • 正常な位置でない

上記の理由から、分娩前には交配後55日でレントゲン検査を実施し、胎児の数や母体の骨盤の大きさを計測しておくことをおすすめします。
レントゲンでは

  • 胎子の頭数
  • 胎子の姿勢
  • 胎子と母体の骨盤の大きさの比較
  • 同腹胎子の成長の差
  • 子宮内にガスがある

といったことを確認することができ、同腹胎子の成長の差や子宮内のガスは胎子が死亡している可能性を示しています。

帝王切開に踏み切る指標は?

事前に予測できない難産ももちろんありますし、案の定難産から帝王切開を選択する状況になることもあります。
そんな時何を指標に医療の介入が必要と判断するかを、ご紹介していきます。

  • 交配から72日以上経っても分娩が始まらない
  • 体温が低下する第1期に入ってから、24時間以上経っている
  • 第2期に入って12時間以上経過している
  • 微弱な陣痛が2〜4時間経過している
  • 強い陣痛がきてから15〜30分以上経過している
  • 破水してから90分以上経っている
  • 胎子がでかかったまま10分以上経っている
  • 次の胎子が2時間以上出てこない(通常は30〜1時間の分娩間隔)
  • 母体の状態が悪い(強く痛がる、ぐったりしている、呼吸状態がかなり悪いなど)

細かい数字が多いですが、これらの症状がある場合は帝王切開を考えなくてはいけません。
母体の状態が悪い場合は緊急ですので、緊急手術が必要とされます。

それでは実際に出産時に帝王切開を行った症例をご紹介します。

緊急で帝王切開を行った実際の犬の症例

症例は2歳の犬で兼ねてから出産を控えていました。
ご自宅で出産を行う予定だったのですが、1匹目が生まれて
1匹目が死産であり、それ以降他の子が産まれてこないとのことで来院されました。
来院時、超音波検査を行ったところ、残りの胎児の心拍数が低下していることがわかり、緊急で帝王切開を行うこととなりました。
母体に麻酔をかけると麻酔薬が胎児まで効いてしまうため、慎重な麻酔を行う必要がありました。

手術は無事に終わり、母犬、子犬どちらも元気に退院していきました。
子犬たちは、飼い主様の努力もあり、今もスクスク成長していっています。

無事生まれてきてよかったね!

まとめ

出産には様々なドラマがあり、嬉しいことも多いと思います。しかし、その中に緊急事態や悲しい場面に遭遇することもあります。
少しでも母体や胎子の安全性を高めるために、可能であれば交配の時点で獣医師とコミュニケーションをとり、万が一のための行動や判断を予測・検討しておきましょう。

執筆担当:院長 渦巻浩輔

この記事を書いた人

渦巻浩輔

2013年大学卒業後、埼玉県坂戸市のブン動物病院で4年間の勤務医を務め、犬や猫、エキゾチックアニマルの診療に携わる。2016年からは東京都の小滝橋動物病院グループに勤務し、CTやMRI、心臓外科、脳神経外科を始めとした高度医療施設に身を置き、2019年からは同動物病院グループの市ヶ谷動物医療センターにてセンター長を務める。高度医療に携わりながら地域の中核病院として診療を行なった。2022年11月、東京都板橋区赤塚に成増どうぶつ病院を開院する。日本獣医循環器学会・日本獣医麻酔外科学会・獣医アトピー・アレルギー・免疫学会・日本獣医エキゾチック動物学会所属。特に循環器・呼吸器の診療を専門とし、心臓病についてのセミナー講師も行っている。