前立腺の悪性腫瘍が疑われた症例について

前立腺は、犬の膀胱の根本にある臓器で、精子を守るための前立腺液を分泌しています。
この前立腺には悪性の腫瘍ができることがあります。前立腺の悪性腫瘍は、腫瘍全体の1%未満のとても珍しい病気で、発生の多くはシニア犬です。
残念ながら、去勢手術で予防することはできません。
今回はそんな珍しい前立腺腫瘍を実際の症例を交えつつ解説していきます。

前立腺腫瘍の症状

前立腺腫瘍の症状は、

  • 前立腺が膀胱や直腸を圧迫することによる排尿や排便の困難
  • 血尿
  • 頻尿
  • 尿漏れ

などの泌尿器症状が多いです。

また、症状の進行とともに

  • 体重減少
  • 食欲不振

などもみられます。
前立腺癌は転移率が比較的高く、特にリンパ節や肺、骨に転移することが多いです。骨に転移すると後肢麻痺や歩行障害、疼痛などが現れることがあります。

前立腺腫瘍の診断

前立腺腫瘍の診断には、

  • 直腸検査
  • エコー検査
  • 前立腺液の検査

などが有用です。
直腸検査やエコー検査の結果、前立腺腫瘍が疑わしい場合には前立腺液の検査を行います。

直腸検査

直腸から前立腺の大きさや硬さ、触診時の痛みを判断することができます。

エコー検査

前立腺の大きさに加えて、前立腺の内部構造や尿道が狭くなっていないかなども確認することができます。

細胞診検査

前立腺腫瘍では、前立腺液中に腫瘍化した細胞が見られることがあります。また、細菌や真菌の有無なども確認することができるため、感染による炎症と区別することができます。

BRAF遺伝子検査

前立腺癌や、移行上皮癌と呼ばれる泌尿器に多い悪性腫瘍の時に起こる細胞の変異を検知できる検査です。これらの癌である場合、80%ほどの割合で細胞の遺伝子が変異します。一方で、炎症の時や悪性腫瘍でない時は遺伝子の変異は確認されません。よって、この遺伝子変異が見られた場合にはどちらかの癌であることが強く疑われます。

前立腺腫瘍の治療

内科療法では、非ステロイド系の消炎剤によって腫瘍の進行を遅らせる方法が報告されています。
外科療法では前立腺を部分的に切除する方法や、前立腺から膀胱や尿道にかけてすべて摘出する方法などがあり、腫瘍の大きさにより術式は変わってきます。
根治を目指すなら外科治療が第一選択となります。

実際の症例

症例は13歳の去勢雄の柴犬です。血尿症状で当院を受診されました。

エコー検査では、通常よりも大きいサイズで、ボコボコと不規則な形になっている前立腺が確認されました。また、袋状の大小さまざまな嚢胞も確認できます。

前立腺液を採取し、細胞診検査とBRAF遺伝子検査を実施しました。
前立腺液の細胞診検査の結果とBRAF遺伝子が陽性であったことから、移行上皮癌もしくは前立腺癌が疑われました。

この結果に基づき、飼い主様と話し合い、内科療法を行うことになりました。
非ステロイド系の消炎剤の投与を開始し、治療開始から現在、1年近くが経過していますが、日常生活を送ることができています。

まとめ

前立腺の悪性腫瘍の発生は稀で、治療成績の情報が非常に少ないですが、悪性度が高く予後が悪いことが多いです。
前立腺の悪性腫瘍の症例では尿路感染を併発しやすく、細菌性膀胱炎として見落とされてしまう可能性もゼロではありません。泌尿器症状の治りが悪い場合や頻繁に再発する場合は、エコー検査や遺伝子検査も有用です。
泌尿器症状や歩行が気になる時は、気軽に当院までご相談ください。病気の早期発見を目指しましょう。

執筆担当:院長 渦巻浩輔

この記事を書いた人

渦巻浩輔

2013年大学卒業後、埼玉県坂戸市のブン動物病院で4年間の勤務医を務め、犬や猫、エキゾチックアニマルの診療に携わる。2016年からは東京都の小滝橋動物病院グループに勤務し、CTやMRI、心臓外科、脳神経外科を始めとした高度医療施設に身を置き、2019年からは同動物病院グループの市ヶ谷動物医療センターにてセンター長を務める。高度医療に携わりながら地域の中核病院として診療を行なった。2022年11月、東京都板橋区赤塚に成増どうぶつ病院を開院する。日本獣医循環器学会・日本獣医麻酔外科学会・獣医アトピー・アレルギー・免疫学会・日本獣医エキゾチック動物学会所属。特に循環器・呼吸器の診療を専門とし、心臓病についてのセミナー講師も行っている。